My Name is Atom


【Birthday:1999/12/24 Deathday:2012/4/15 Age at death:12year】
Your heart and mine are forever one .
Love you now and forever ...
I'll be with you forever...
Forget me not.
Rest in Peace.

Prologue

Leoponと共にFirst Noelの主役だったアトム。
大翼、Leopon亡き後ビション軍団を支える頼もしいボスになり君臨しました。

アトムと出逢ったのは、私がトリミングスクール在学中の頃です。 幼い頃から常にワンコが居る環境で育って来た私ですが ビション・フリーゼと言う犬種はトリミングスクールへ通う迄は知りませんでした。 実物を見たのはトリミング実習でモデル犬として来たビション・フリーゼが初めてです。 男の子と女の子の番いでちょっぴり大きめなビション・フリーゼに一目惚れ。 けれどポピュラーな犬種ではないので自分で探すのは難しくトリミングスクールの先生にお願いしました。 当初は仔犬が来る迄は少し時間がかかるとの事でしたがアトムと出逢う運命の時は意外と早くやって来たのです。 秋のショーに出す予定の牡の仔犬がいるとのお話しで無理を言って譲って頂いたのがアトムです。 初めてアトムに会ったのは迎えに行った先生のお店。クレーツの中で一番大人しくしていたのがアトムでした。 アトムは直ぐに私がママになる人と直感したようで 帰りの車の中ではキャリーバッグの中でスヤスヤと眠っていました。

とっても可愛いアトム。でも困った事に中々トイレが覚えられません。 躾と言っても当時はトリミングスクールへ通っていた事もあり常時見ている事が出来ません。 友達同士の話で「ウチの子は割りとすぐに覚えたよ」なんて話を耳にすると焦る気持ちに拍車がかかります。 実家に住んでいた時には、どのワンコの躾も失敗してきた私は当時随分力んでいました。 今振り返ってみるとマニュアル通りに行かないアトムに対して厳し過ぎる位に接してしまいました。 その頃の事を思い出すと今も胸が痛んでなりません。ごめんねアトム。 でもその反動でその後は何をしても殆ど叱らないので立場が逆転してしまい威張ってます。(苦笑)

命名の「アトム」は直感でした。一目彼を見て何となくアトム…と感じたんです。 アトム(原子)は核と言う意味を持つ事から何時も中心(核)で居る様な存在になって欲しいと。 その想いの通り彼は家族を持ちAtomic Bombの中心(核)になって頼もしい存在になってくれました。...*2013/7/11:追記

Monologue

アトムとは色々な事がありました。
トリミングスクール在校中はモデル犬として沢山カットの勉強させてくれ卒業後はドッグ・ショーに出る事を夢見て一緒に勉強もしました。 そして念願だった子孫を残す夢も叶えてくれました。本当にアトムと一緒に過ごた時間はあっと言う間で私にとっては全部宝物です。

結局アトムは現在も家でのトイレが出来ません。
だから雨の日も風の日も雪の日も台風の日も毎日お散歩です。(笑)そして私が家業を手伝うようになってからは
お留守番も出来なくなりました。(苦笑) 何時でも何処でも一緒のアトム。寝るの一緒・トイレも一緒・でもお風呂だけは勘弁してね。 私はそんなアトムが愛おしく可愛くて可愛くてたまりません。
おやすみと言って朝目覚めると横にはアトムが寝ています。
おはようと言って迎える毎日が私には何よりも幸せな瞬間です。

Epilogue

でもそんな幸せな日々が永遠に続かない事は判っていました。
今迄は素直に祝福出来た誕生日を複雑な気持ちで迎える様になったのは何時の頃からでしょう?

昨年十一月の健診時に両側の腎臓に影があり腫瘍の疑いがある事を告げられました。 しかし十二歳と言う高齢に加え薬物に対して極度のアレルギーがある事から例えばそれが腫瘍だとしても 積極的な治療はせず経過観察をし症状が出たら対処療法を。そして最終的に手の施し様が無くなった時は安楽死の選択。
闘病生活は約二ヶ月間。突如異変が起きてからは坂を転げ落ちる様に体力が低下して行きました。 その間、私に出来る事は唯、傍に居てやる事。肺転移が認められ余命一ヶ月を宣告をされた時には仕事も辞め 臆病者のアトムに怖い思いをさせてはいけないと常に傍に居る事を決め最期の瞬間は私の腕の中で看取ろうと気持ちが固まりました。 でも彼は臆病者でも甘えん坊でもなく凄く強かったです。トボトボの歩みがヨロヨロからフラフラに変わっても大好きな遊歩道を歩き 何も食べられなくなり呼吸困難に陥っても私から視線を外す事なくオロオロする私の傍に居て元気づけてくれました。 だから固まった気持ちがブレ始めていたのですが本当に一瞬だけ彼の強い視線の中に
"助けて"と訴えた時がありました。それが最期の時を迎える数時間前で 腫瘍で埋め尽くされた肺で上手く空気が吸えなくなって苦しみ出した時です。

"アトム、もう頑張らなくていいよ。"

最期は私の腕の中で眠る様に旅立って行きました。
それは本当にスっと。今迄苦しんでいたのが嘘の事の様に。
しかし彼が此の決断を赦してくれたかは判りません。悔いが無いと言えば嘘になります。 その時、私は彼を苦しみの中から一刻も早く救い出してあげたかったのですが私の判断で彼の時間を止めてしまった事に変わりはありません。 もしかしたら彼は例えどんなに苦しくても少しでも長く生きていたいと思っていたかもしれません。 自分の決断は間違ってはいない。そう思う一方で懺悔の気持ちがあるのも確かです。 でも私の罪と引替えに彼が苦しみから解放されたのなら私は罪の重さと消えない苦しさを一生背負い続けて生きて行きます。

世界で一番大切で大好きなアトム。君と過ごした十二年間は私にとって掛替えの無い時間です。君と出逢えて過ごせた日々を私は決して忘れません。心から有難う。 そして何時か又絶対に逢おうね。何時か君に逢える事を信じて悲しい現実と向き合って生きて行きます。だから、その日が来たら二度と離れないで今度はずっと一緒だよ。 ...*2012/4/17:追記